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転位ループを挿入する



はじめに

この講座では転位ループを鉄の結晶に挿入する方法を紹介する。刃状転位の講座で述べたが、刃状転位とは余分な面が半空間に入っている場合にできる格子欠陥である。転位ループはこれと似ていて、こ余分な面が円盤状になっている場合にできる欠陥である。なお、円盤状に面が欠損している場合も転位ループと呼ばれるが、これはどちらかといえばレア種なのでこの講座では扱わない。以前の講座、照射損傷をモデル化するで学んだ原子の弾き出し過程から生成された格子間原子が面状に集まるのが、転位ループの典型的なでき方である。よってこの講座は核融合、原子力、加速器の材料を学ぶ受講者にとって興味ある内容だ。

転位ループを挿入する方法

まずはスクリプトのおおまかな過程を述べる。下の図を見よう。ボックスの中心に転位ループをつくることを考える。まず転位ループが赤道になるような球を挿入する。よって、転位ループの半径と中心はその球のものと同じになる。次に球内に転位ループのバーガーズベクトル厚の薄板を定義する。図の青く塗りつぶされた部分がその薄板である。最後にその部分にある原子をすべて複製して原子の数を倍にする。その後、構造緩和すれば転位ループが挿入される。



Fig. 1: 転位ループ挿入法の概念

スクリプトの実行

scriptディレクトリにあるbccFe_111loop_relax.lcmはバーガーズベクトルが(1/2)<111>のループをBCC鉄結晶に挿入するコマンドスクリプトの例である。実行は以下のコマンドで行う。
$work> lmp_serial -in script/bccFe_111loop_relax.lcm
刃状転位の場合と同様にdumpコマンドにより出力されたファイルbccFe_111loop_relax.outをOVITO中のDXAで解析すれば計算がうまくいったか確認することができる。この場合は円環状の転位が確認できるはず。またDXAのパネルの下の方でバーガーズベクトルが(1/2)<111>であることが確認できるだろう。また前のらせん転位を挿入する講座で習ったように、右上のパネルでVisual elements項目の中のDislocationsをハイライトさせて転位が青色すなわち刃状転位であること確認しよう。LAMMPSおよびOVITOでの処理が適切であれば下の図のようになる。




Fig. 2: 転位ループ挿入MDの結果をOVITOで可視化

スクリプトの説明

基本結晶の作成

それではスクリプトを見ていこう。
variable 	x_box equal 48
variable 	y_box equal 48
variable 	z_box equal 48
variable	radius equal 5
variable 	lc equal 2.862
まずは必要な変数をまとめて定義しておく。ボックスの(x,y,z)方向のサイズ、ループの半径、格子定数である。
units metal
boundary p p p
atom_style atomic
lattice		bcc ${lc} orient x 1 0 0 orient y 0 1 0 orient z 0 0 1  
region 		box block 0 ${x_box} 0 ${y_box} 0 ${z_box} units box
create_box 	1 box
create_atoms 1 box
この部分は何度も出てきたので説明は省く。

原子間相互作用の定義

pair_style eam/fs
pair_coeff * * ./potentials/Fe_Ackland04_ZBL.eam.fs Fe
neigh_modify 	every 1 delay 0 check yes
この部分も何度も出てきたので説明は不要と思う。

"球"の定義

このブロックではFig. 2の球を定義する。球を作る理由は上で説明した。
variable 	loop_x_center equal ${x_box}/2
variable 	loop_y_center equal ${y_box}/2
variable 	loop_z_center equal ${z_box}/2
region sphere1 sphere ${loop_x_center} ${loop_y_center} ${loop_z_center} ${radius} units box
group sphere1 region sphere1
最初の3行では球の中心の位置(この場合はボックスの中心)を定義する。

次にregion ... sphereコマンドを使って、ループの半径と同じ半径を有する球状の領域を定義する。

また、groupコマンドを使ってその球状の領域に含まれる全ての原子をグループ化する。

バーガーズ・ベクトルの定義

variable	burgers_x equal 1.
variable	burgers_y equal 1.
variable	burgers_z equal 1.
variable	b_norm equal (${lc}/2)*sqrt(3./(${burgers_x}*${burgers_x}+${burgers_y}*${burgers_y}+${burgers_z}*${burgers_z}))
variable	x_norm equal  ${burgers_x}*${b_norm}
variable	y_norm equal  ${burgers_y}*${b_norm}
variable	z_norm equal  ${burgers_z}*${b_norm}
まず最初の3行ではバーガーズ・ベクトル(1/2)[111]の方向のみを定義している。

次の行では、バーガーズ・ベクトルの長さ調整するための係数を計算している。

最後の3行で長さが調整されたバーガーズ・ベクトルの3成分を求めている。

転位ループを挿入する領域の定義

variable	tuning_factor equal 0.5
variable 	loop_x_high equal ${loop_x_center}+${x_norm}/2-${tuning_factor}
variable 	loop_y_high equal ${loop_y_center}+${y_norm}/2-${tuning_factor}
variable 	loop_z_high equal ${loop_z_center}+${z_norm}/2-${tuning_factor}
region plane1 plane ${loop_x_high} ${loop_y_high} ${loop_z_high} ${x_norm} ${y_norm} ${z_norm} side out units box
さてFig. 1の青色のバーガーズ・ベクトルの厚さの円盤を定義し、その部分に原子を挿入する必要があるが、いきなり円盤の領域を定義することはむずかしいので、まずは円盤の上面より下の半空間を定義する。

最初の行のtuninig_factorは経験的に決定したパラメータであり、境界となる面を定義する時にその位置が原子の位置と重ならないようにするためのものである。もし重なっているとその面を境界としてグループを作る時に不安定な結果になってしまう。

次の3つのvariableでは円盤上面の1つの点を定義している。その下のregionコマンドではその円盤上面から下の半空間をregionとして定義している。
variable 	loop_x_low equal ${loop_x_center}-${x_norm}/2-${tuning_factor}
variable 	loop_y_low equal ${loop_y_center}-${y_norm}/2-${tuning_factor}
variable 	loop_z_low equal ${loop_z_center}-${z_norm}/2-${tuning_factor}
region plane2 plane ${loop_x_low} ${loop_y_low} ${loop_z_low} ${x_norm} ${y_norm} ${z_norm} side in units box
このブロックは基本的に前のブロックと同じ手続きで、今度は円盤の下面の1点を定義し、円盤下面より上の半空間をregionとして定義した。
region cylinder1 intersect 3 sphere1 plane1 plane2
group cylinder1 region cylinder1
ここでは、ここまでに定義された球と2つの半空間の共通部分を新たなcylinder1というregionとして定義する。これが求めたかったFig. 1の青色の円盤、すなわち原子を挿入して「余分な面」となる部分である。

そして、その領域に属する原子をcylinder1というグループにした。

円盤に余分な面を挿入する

variable shift_x equal  ${x_norm}/3.
variable shift_y equal  ${y_norm}/3.
variable shift_z equal  ${z_norm}/3.
displace_atoms cylinder1 move ${shift_x} ${shift_y} ${shift_z}
まず円盤原子を挿入する前に、現状で円盤に含まれる全ての原子をバーガーズベクトル方向にb/3だけ移動させる。これはこの後挿入する余分な面の原子と元からある原子が重ならないようにするための処理である。
create_atoms 1 region cylinder1
この領域のすべての格子位置に原子を入れる。これでこの領域では結晶面が1周期だけ余分に入ったことになる。

構造緩和を行う

variable	dump_interval equal 200
fix 1 all box/relax iso 0.0 vmax 0.001
thermo ${dump_interval}
thermo_style custom step pe lx ly lz press pxx pyy pzz etotal
dump 	1 all custom ${dump_interval} bccFe_111loop_relax.out id type xs ys zs
min_style cg 
minimize 1e-12 1e-6 50000 10000
最後のブロックは見慣れた構造緩和過程である。これよって新たに入れた結晶面と元からあった結晶面が自然な位置関係になる。これで計算は終了し、Fig. 2で観察されるようにボックスの真ん中に転位ループができる。

おわりに

今回はかなり複雑なテクニックを使ったので難しかったかもしれない。特に新しいregionコマンドの使用法が出てきたがそれについて細かい説明はしなかった。ただし、ここまで来た受講者は自分でLAMMPSのマニュアルで確認できるだろう。

ここで紹介した方法より楽に転位ループを入れる方法があるかもしれない。しかし、1つうまく行く方法を知っていれば、あとはブラックボックスとして使っても良い。重要なことは照射によって生成される転位ループをMDでモデリングできるということである。これが使えれば、転位ループの移動、転位ループと他の格子欠陥との相互作用など様々な応用の可能性が広がることになる。 詳細は省略するが、転位ループは塑性変形と阻害することが知られており、その実体は転位ループが転位運動の障害物となることである。このような状況もMDで再現することができる。下に1つの実例を動画として示しておく。


Video 1: 鉄結晶中における転位ループと刃状転位の相互作用をMDで解析:赤い転位ループが緑色の刃状転位の運動の障害物になっていることが確認できる。


照射によって多数の転位ループができると塑性変形がしにくくなる。これは原子力材料などが照射下で脆くなる原因の一つと考えられている。



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