Logo


ようこそ分子動力学入門コースへ


はじめに

このコースは著者が東北大学金属材料研究所で委嘱教授として勤務していた時に大学院生らを対象に行った講義の教材が元になっている。インターネット上を見渡してみると初心者が分子動力学(MD)をインタラクティブに学ぶ日本語のサイトやコースがあまりないことに気づいた。著者が講義中に使った教材をセルフラーニング用に加筆・修正して公開すれば少しは役に立つものになるのではないか、と考えたのがこのコースを作ったきっかけである。

MDの理論がよくわからないと心配する人がいるかもしれない。その理論は統計力学に基づいており初めての人には少々敷居が高いかもしれない。しかしながら、MDを行うためにプログラムを自前で作成する人はもはや少数派であり、信頼性が高くしかも無料の優れたプラットフォームが利用可能である。MDを使いたい人は、その計算理論を完璧に理解することに注力するのではなく、とにかくソフトウェアのマニュアルを読み解いてMDが実行できるようになるべきだ。

このコースでは、LAMMPSと呼ばれるフリーのプラットフォームを用いて、自分の手を動かしながらステップ・バイ・ステップでMDを使うことを学んでいく。もし、手元にWindowsまたはMac等のコンピュータがあるならすぐに始められる。上で述べたように、計算理論の説明は必要がある場合にしかしない。

このコースは、理工系学部の学生やその卒業生程度の素養があればとりあえず受講を開始できる。しかし、コースが進んでいくにつれて材料力学的な内容になっていく。そのような素養のない人でもLAMMPSの概要やインストールを学ぶところまで、具体的には最初の数講義までは受講可能だ。その後の講義が想定している受講者のレベルは機械・材料関係学部の卒研生、大学院生、ポスドク以上の方になる。MDを研究に応用することに興味はあったがこれまで使ったことがない人、または一度挑戦してみたが面倒そうで続かなかった人などは特にこのコースをおすすめする。

なぜ今、MDなのか?

MDとは計算機上に原子モデルを作り、その運動を力学的に追跡する計算機シミュレーション手法である。従来の研究方法と比較して、どういう効果が期待できるだろうか?たとえば材料力学などでは、材料の強さやもろさが問題となるが、従来それらの解析には応力や歪みなど巨視的な変数間の関係式が利用されてきた。しかし、そのような関係式の正確さに関して疑問が生じることもある。このような場合、原子1個1個をモデル化してそれに基づいた解析ができれば、より正確な現象の理解ができるようになると期待できる。また、電子顕微鏡像などから得られた画像とMDを比較すれば、画像から得られた現象のメカニズムを理解する助けになる。

MDが活躍するのは材料科学だけではなく、自分は専門外だが生命科学や高分子化学などにおいてもその有用性は明らかにされている。正しいモデルに基づいた計算を行えば実験を行ったのと同じ効果が期待できるので、経済的効果も大きい。

もちろんMDにもデメリットはある。それは原子1つ1つをモデル化するため、膨大な計算をしなくてはならないことだ。そのため、通常MDを応用する場合、限られた微視的な領域だけに注目してモデル化しなくてはならないし、その時間発展の長さもナノ秒程度でほんの一瞬である。よって、MDを応用範囲はこのような制限があっても有用な情報が得られる場合に限られる。

ありがたいことに計算機の能力は過去何10年にもわたって常に発展してきているし、今後もその傾向が続くだろう。これの意味するところは主に二つある。一つ目はより正確な計算ができるようになること。そして二つ目は、スパコンなどの高額な装置を使わなくとも自分の机の下のワークステーション等でもある程度の規模のMDができるようになることだ。

また近い将来、画期的な計算速度をもつ量子コンピュータが使えるようになると期待されている。そうなれば、これまでは何年もかかるため諦めていた計算ができるようになり、研究手法としてとんでもない威力を発揮することになる。そして、MDは今後ますます科学研究者が身に付けるべきスキルになって行くだろう。

LAMMPSとは?

繰り返しになるが、「MDの計算理論なんて複雑そうでよく分からない」とか、「MDをどうやって実現したらいいか分からない」という人も多く、これまで経験のなかった人にとって敷居が高いことも事実だ。正直に言えば自分もそうであった。それを解決するのが、MDを行うためのプラットフォームである。それを用いれば、難しい理論やプログラミングなしで、マニュアルに書いてあることや提供された計算実行例を理解し、比較的容易に自分のものにできる。それを手助けするのが本コースである。

利用可能なプラットフォームは数多く存在するが、ここではこのコースのタイトルにもなっているように、LAMMPSと呼ばれるプラットフォームを用いる。この理由はLAMMPSがフリーで提供されていること、Windows、Mac、Linuxで実行でき、非常に多くのユーザーがいること、そして現在も多くの開発者・ボランティアによって改良や拡張が進んでいて、将来性があることなどが挙げられる。要するにLAMMPSを学んでおけば最も間違いないと考えられるからである。

LAMMPSは米国SANDIA国立研究所でSteve Plimptonらを中心として開発された。開発言語はC++言語で、オプションや周辺ツールが充実している。例えば、動力学的な解析だけでなく、共役勾配法による状態緩和など静力学的な解析、モンテカルロ法による解析等も行える。LAMMPSがMDプラットフォームのなかで最も優れたものの一つであることは間違いない。よってこのプラットフォームになれることは、研究開発を行う人間として大きなスキルアップにつながるだろう。

以下、コースはLAMMPSのインストールから順番に学んで行くように作られているが、利便性を考えてリンク付きの目次も用意した。全てのページから目次へ戻れるようになっている。

LAMMPSは常にアップデートされているし、それを取り巻くソフトウェアやハードウェアの環境も刻々変化している。この「コース」が時代遅れにならないように今後もアップデートを心がけていきたい。

それでは、Good luck!



目次へ   次はインストール